自分の中に「信じてもらえないこと」への大きな抵抗があることを発見しました。ささいなことから母親と言い争いとなり、「私は正しいのになぜ信じてくれないんだ」と怒りが込み上げ、大声を出してしまいました。その後、「なぜあんなにも怒りのエネルギーがでたのだろう」と思い、自分を見つめると「信じてもらえないことに対する怖れ」があるのだとわかりました。逆に言うと「信じてもらえることは愛」なのだと思います。今回の件で、私自身も母親の言い分を信じていなかったのです。つまり愛がなかったのです。怖れから行動をしてしまったのです。たわいもない親子の争いでも気づかされることばかりです。これが国同士の間になると冷戦や熱戦となってしまうかもしれません。「私達ひとりひとりの違いは何を信じているかによる」ということです。まさにこれを思い出させてくれた出来事でした。