この世に生まれるわけ
2月 7th, 2008 by Atom
というのを考えたことが過去にあった。『この世に勉強しにきている』、『この世に遊びに来ている』、『カルマがあってそれを終えるまできている』などなど。まあ、いずれにしてもこの世はすごく『気づき』が得られるのは確かだろう。この『気づき』はあっち(この物理世界でない世界)ではこちらほど得られない。例えばこの世界は光である『愛』に気づくために闇である『恐れ』が存在してる。闇にいると光が来た時すぐ気づくのだ。光の中にいると気づくというよりすでに知っているという感じで気づきはない。なぜこの『気づき』が大事かというとこの『気づき』こそが『大いなるすべて』である源(みなもと)へなるためのキップのようなものではないだろうかと思う。そして今、この世に生まれるわけは?と問われたら、ただ生まれたかったからと答えるしかない。人間はいろいろな疑問を持ち、未知を既知にしたいという好奇心を持つものだが知的理解を深めるために本を読むだけでなく行動し経験することもよいだろう。そうすることにより知的理解もまた深まる。