感じることについてこちらで言及しました。ここでは一般的な「感じる」という意味で使っています。
この「感じる」は拡張します。例えば、第六感とか虫の知らせはその一部です。
さらに感じるのは生物だけではなく無生物や概念、考え、などありとあらゆるものに対して感じることも可能です。
それだけこの感じるということは奥が深いのです。
アバターという自己啓発プログラムを受けて最初にやることが感じることであり、すべての基本となります。
感じることはいわばセンサーのようなものです。何かを知覚し認識するための基本的なものなのです。
ですから、感じることが苦手だと知覚できないために、唯物主義的な志向から抜け出すことは難しくなります。
いわゆる
「見えないものはないもの」
という信念から抜けだすことは難しいかもしれません。
知覚することは信じることを強化します。
例えば、幽霊が見える人は見えない世界を信じることが簡単にできます。知覚できるから当たり前だという感覚なのです。
でも幽霊が見えない人は半信半疑です。100%信じることはできない場合が多いのです。
私は幽霊は見えません。オーラは身体の周りぐらいなら見えます。プラーナ(霧雨のように見える)はいつでも見えます。UFOは夢でしか見たことがないです。
人によって何が見えて何が見えないかは違うようです。
たぶん、強い意図があり、信じうるならば、どんなものでも見えたり感じたりすると思います。それは人間が誰でも本来持っている力だからです。
これから新しい力に芽生えたり、ちょっと感覚が違う人が増えてくると思います。知覚力も増し、感じる力が拡張していくと思います。
人間の眠っている力が急速に目覚めつつある時代なのかもしれません。