考えることについて考えました(笑)。
で、気づいたのが、考えることは分離そのものだってことです。
考えることは、言葉を使います。
いろんな言葉を使って、考えるとどんどん分離が進みます。
無限に考えられますから、無限に分離が進みます。
この世の中に物質と非物質とかがあふれているのは、思考したからなんでしょうね。思考しないと何もなくなる。
考える主体もなくなる。
仏教とか禅とかで、考えないことを修業でやるのは、分離をしないためなんでしょう。
分離しないと、1つになるからいわゆるワンネスとか目覚めとか、そういうのを経験して「おー、そうだったんだ」ってなるんです。
私がなくなるから目覚めを経験するのです。
あるのは、何かというと”経験そのもの”なんでしょう。
自分がいないんだけど、経験がある。
というか経験そのものなのでしょう。ひとつですから。