恐怖が成長の糧となることもある
4月 6th, 2009 by Atom
例えばAさんがBさんにお金を借りようとしていて、AさんがBさんに「お金がなくて困っている」と頼んだ時、Bさんはお金が減ることの恐怖から「貸せないよ」と答えたとします。Aさんは仕方なく別の方法により何とか危機を脱したとします。AさんにとってBさんが恐怖からお金を貸さなかったことで自分の力で困難を乗り越え成長することが出来たのです。もしAさん自身に恐怖がある場合、それはAさんにとってはあまりよくないことが多いかもしれませんがBさんという他者の恐怖(Aさんにとっては間接的な恐怖)がAさんの成長の糧となったのです。そしてBさんにとってはAさんに貸さなかったことが罪悪感を生んだかもしれません。そしてAさんがうまく困難を切り抜けたことでその罪悪感が少しや和らいだりするかもしれません。Bさんが愛から対応した場合にはBさんの感情は異なります。Aさんにお金を貸してしまうとAさんが依存して、自分を成長させないままでいてしまうという思いからAさんに「貸せないよ」と言う場合は、Bさんには罪悪感はないはずです。何かを頼まれた時、正直に自分の気持ちを話し対応することは自分にとっても、相手にとってもよい結果を生むと思います。